トロンボーンが吹けない:楽器イップス

 
報告者:菊地 光雄(カイロプラクティック・コンディショニング・ルーム・K

2013.12.13

【はじめに】 「イップス(Yips)は、精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。」(wikipedia)
イップスはゴルフや野球で有名だがピアノやギターなど楽器演奏する際にもおきる。イップスの治療法は確立されていないので早期回復には至っていない。野球ではポジション変更、ゴルフではフォームの矯正などハード面からのアプローチで改善を試みるが思うように改善できないのが現状である。
今回の症例は「心理面」に心身条件反射療法(以下PCRT)で「潜在的な自分」と「意識的な自分」にスポットを当て早期改善した報告である。

【患者】 37歳 女性 主婦
【主訴】 トロンボーンが吹けない
【病歴】 10月頃よりトロンボーンが吹けなくなる。
【症状】 マウスに合わせて唇をコントロール出来ない。長く呼気ができない。
呼気障害や唇運動の障害が機能的、病的なもか鑑別判断として脳神経学の検査を行う。検査は三叉神経、顔面神経、舌咽神経、舌下神経を行った。(方法は割愛)顔の症状、舌運動問題なし。呼気も通常の深呼吸は問題なし。
PCRT検査で「症状イメージ」で「脳の誤作動」のスイッチを入れることで陽性反応がみられる。脳神経学とPCRTの検査で機能異常による障害であることが判明する。


【初回施術の流れ】 (吹けない)⇒(少人数の演奏)⇒(感情:優越、義務)
患者さんに「吹けない」イメージをしてもらい「どんな場面」で反応するか検査をする。「少人数の演奏」で陽性。感情「優越:有名な先生に習っている。義務:仕方なし入った」で陽性。PCRT調整を行う。

【2回目施術の流れ】 (吹けない)⇒(少人数の演奏)⇒(感情:不安、焦り)
2回目の来院で「場面:少人数の演奏」で陽性が残っていたので、場面に合わせて更に感情を探る。感情「不安:このまま吹けなくなる、焦り:コンサートに間に合わない」で陽性。PCRT調整を行う。

【3回目施術の流れ】 (吹けない)⇒(少人数の演奏)⇒(陰性)
(吹けない)⇒(人間関係)⇒(二人の特定の人)⇒(感情:連帯、不安)
3回目の来院で「場面:少人数演奏」陰性。「吹けない」イメージで陽性。新たに「人間関係」で陽性。二人の人間関係の感情「連帯:仲間だから共感してくれる、不安:メンバーから外される」で陽性。PCRT調整する。

【4回目施術の流れ】 (吹けない)⇒(二人の特定の人)⇒(陰性)
(吹けない)⇒(感情:不安)⇒質問「何が不安なんですか?」
(音楽家として周りの目がきになる)不安が明確になる。
*ここで3回目の「不安」の感情が出るので、「何に対して不安」なのか明確にするためにコーチング的な質問をする。この質問で「何に対して不安」なのか明確になり認知することで不安のスイッチが入らなくなる。
幾度か質問を繰り返し「周りの評価を気にしている」もう一人の自分を発見したことで、顔の表情が穏やかになり会話の中にも「吹けそうになってきた」という言葉が出てきた。

【5回目施術の流れ】 (音楽家として周りの目が気になる)⇒(陰性)
(吹けない)⇒(感情:意欲、劣等)
5回目の来院時の検査で「不安」は陰性。再度「吹けない」で陽性。感情で「意欲:プロのように上手くなりたい、劣等:基本ができないとダメ」で陽性。「~べきだ」「~ではなければダメだ」は意志的感情で「信念」や「思い込み」が影響している。調整は緊張パターンとリラックスパターンで調整する。リラックスパターンを見つけるのにコーチングで質問して気づいてもらう。
緊張パターンは「技術で練習」、リラックスパターンは「感性で練習」で調整する。調整後に「吹けない」症状をイメージしてもらい陰性が確認できた。実際にマウスピースを吹いてもらい長い呼気、唇の感覚、動きは正常に戻る。

【6回目施術の流れ】 来院時に症状の確認をする。実際にトロンボーンを吹いても以前のように吹ける。5回までの総チェックをして確認する。全て陰性反応。音が出せるように吹くことができたので
6回目からはレベルアップのメンタルブロックをチェックして技術的、精神的にも向上するような調整を行っていく。

【考察】 イップスは精神的影響で身体の運動障害を引きおこすと言われれているが、精神的影響が身体運動の障害を引きおこすメカニズムは解明されていない。
メカニズムを考えるとすれば、身体運動は髄運動と不随運動の協調性で成り立っている。また「意識」と「無意識」の協調性でもある。行動計画は意識的に意図し、計画行動をおこすための身体動作は無意識的な反射系で動く。
例えば、目的地に行く(行動計画)は意識で、歩行動作は無意識(反射)である。歩行動作の四肢の関節運動は主動筋と拮抗筋の相反神経支配によるものである。この相反神経は無意識(反射)の状態で正常に働き、ここに意識が関与すると相反神経支配は機能異常をおこして、主動筋と拮抗筋が同時収縮をおこす「共縮」という現象がおきる。「共縮」現象の状態の時に手足は動かなくなり身体動作は遂行できない。
スポーツの場面や音楽の場面で「早く投げよう」「OBを出さないように打つ」「見られている」「負けたら優勝できない」「上手く吹こう」「上手に弾こう」など意識が働くと相反神経支配の協調性が乱れて「共縮」現象がおきて身体動作が思うように動かなくなり「イップス」がおきると推測される。
欲を出さない、勝ちを意識しない、無欲などという言葉は経験上分かっていることであるが、幾度となく繰り返される緊張場面で脳は学習して、条件反射的に学習記憶され意識レベルに想起して大事な場面やここぞという時に「脳の誤作動」のスイッチが作動すると考えられる。
現在のイップス治療法は確立されていないが、PCRTで「脳の誤作動」「心と身体」の関係性から見ていくと、ごく普通の障害であり特別な障害ではない。